この日を遡ること5月13日、日テレNEWS24のサイトでは、このような報道が行われていた。以下、引用。
福島県6市町村のタケノコ、出荷制限~政府
政府は13日、国の基準値を超える放射性物質が検出されたとして、福島県の南相馬市などで生産されるタケノコを出荷しないよう指示した。
出荷制限が指示されたのは、福島県の南相馬市、本宮市、桑折町、国見町、川俣町、西郷村で生産されるタケノコ。いずれの市町村でも、今月9日にサンプル調査のために採取したタケノコから国の基準値を超える放射性セシウムが検出されており、最も量が多かった南相馬市では、基準値の約5倍となる2400ベクレルだったという。放射性ヨウ素は検出されなかった。
引用、以上。
この「福島記」をずっと連続してお読みの方なら福島の地理に詳しくなってきているかと思われるが、ここで着目して欲しいのは、サンプル調査された「西郷村」である。福島第一原発とは山脈ひとつ隔てた「中通り」にあるわたしの故郷である。福島第一原発から84Km地点に位置し、隣は栃木県那須町と白河市である。
福島に行こうと決めてから、わたしは福島県内で小学校教員をやっている友人に何度か連絡を取ろうと試みていた。どれだけ学校給食の現場が混乱しているのかを、彼女から聞いてみたかった。
しかし、いくらケータイに連絡を入れも、一向に応じてくれないので疑心暗鬼に陥っていた矢先だった。
警戒されているのだろうか、と。
彼女の美点は小学生の頃から認めていた。
「物事の明るい可能性だけみつめる」
それはわたしには欠けている種類のものだったので、とても憧れてもいたし、好きだなあと思っていた時期は長い。
結婚式のスピーチもお願いされた仲である。
もっともその後、彼女とは微妙に距離ができた。
「地元が一番!」
が口癖の彼女と、地元を避けるようにして生きてきたわたしと温度差ができるのは当然の流れだった。
わたしにとって故郷というのは、決して居心地いい場所ではなかった。世の中には
「実家に帰るとほっと落ち着く」
という人種が存在するらしいが、とんでもない。わたしはその逆である。実家から離れるほど、ほっとする。別にそれは原発の事故がなかったとしても、同じであった。
一方、彼女は福島県内で教員をやっている今のご主人と結婚して、3人の子供に恵まれた。
だけど今回の事故があって、遠く離れた場所では思っていた。いまごろ職場でも家庭でも、どれだけの不安に苛まれているだろう、と。
すると突然、彼女から連絡を貰った。
「やまけーん(わたしの幼少期のあだ名である。某指定暴力団とは無関係である)、いまねえ、南湖(なんこ、と読む)に来ているの。何度かケータイに連絡貰ったみたいだけど、出なくてごめんねえ。やまけんはどこにいるの?」
「ああ、実家に帰ってきている」
「そうなんだあ。じゃあ、お団子買ってやまけん家に行こうかと思うんだけど、どうかなあ?」
拍子抜けするほど朗らかな声だった。
こうして実家で彼女と再会することになった。
「待ってね。ボルビックでコーヒー淹れる」
「あー、気ぃ使わなくていいよう」
「そうはいかんでしょ」
わたしは福島に居るあいだ、エヴィアンかボルビックの水を利用していた。理由は、ヨーロッパのほうが、基準値が低いからだ。チェルノブイリで汚染された地域の水をあえて購入するなんて世も末である。余談になるが、東北新幹線のなかでトイレを使い、手を洗おうとしたら、
「この水は飲料水としてはご利用できません」
という貼り紙があって、微妙な気分になった。不衛生な水のほうが、何ベクレル入ってるか解ったものじゃない水よりマシというものである。この国に本当に「飲料水」として適切な水は、どれくらい残されているのだろう。
しばし再会の雑談。彼女の口からはいっこうに、福島第一原発事故に関する話題は出てこない。
しかたなく、こちらら振った。
「一番下のお子さん、いくつだっけ」
「小学校三年だよー。上の子は今度、高校受験なの」
「じゃあ、水とか不安でしょう?」
すると彼女が不思議そうな顔をする。
「え? 別にうち、断水してないよ?」
「えっと、地震による断水じゃなくて。だからその、言いにくいけど、汚染されてるから、ペットボトルの水とか使わなくちゃいけなくて」
するとなんの曇りもない笑顔で言われた。
「そんなの平気だよお、普通に、水道水をがぶがぶ飲ませてるよ」
思わず、
「やめろっ、下のお子さんだけでも飲ませるな!」
と叫んでいた。
彼女が大笑いする。
「気にしすぎだよお、やまけーん」
しかしわたしは引けなかった。
「もしかして食事とかも産地を気にしないで食べてるの?」
すると逆に自慢げに言われた。
「うん。今まで通り。家庭菜園のほうれん草も食べてるしね。今朝は近所の人からタケノコ貰ったから、帰ったら湯がいて食べる」
ついに、切れた。わたしが。
「ばかー! タケノコ、食うな。何日か前に、西郷村のタケノコがニュースになったでしょう。基準値超えだって」
彼女の住まいは白河市だが、もし、ご近所の人がタケノコを採ってきたとしたら、それは西郷村なのである。わたしの土地勘からして、他に考えようがない。緩めに緩められた基準値さえ超えたタケノコを、彼女は食べる、そして家族に食べさせると言っている。
「もしかしてシイタケとか食べてないでしょうね?」
わたしの記憶が正しければ、原木シイタケなどを食べないほうがよいとの呼びかけがどこかであったはずだ。 キノコには放射性物質を集める性質があるから、と聞いた。
すると彼女はあっさりと言う。
「あ、シイタケなら今朝食べた。安かったから、子供たちに炒めて食べさせた」
呆然とする。
彼女がわたしの顔を見て、なんだか「情報弱者」を哀れむような顔をする。
「気にしすぎだよお、やまけん。世界には日本よりも放射能の高い地域だってあるって言うじゃない」
どこまでマスコミで報道された安全神話を鵜呑みにするのだろう。
これはマスコミの罪なのか? それとも政府の罪なのか?
わたしはもう、彼女の子供のことをこれ以上心配するのはよそうとあきらめた。 それよりも、肝心の学校給食である。
「給食のほうはどうなってるの?」
「ああ、いまはね、(地震の被害で)自校炊飯が出来なくなったから、業者に届けてもらってるけど。『太陽の国』から」
『太陽の国』とは、地元の大型老人介護施設である。
「食材とかの産地は?」
「わたし、学校給食の担当じゃないから、よく知らない。でも、父兄とかから問い合わせもなかったもの」
それが、まずいと思うんだが。
せめてこれぐらいには答えてもらおう。
「じゃあ、牛乳は?」
「今まで通り、××牛乳だよ」
愕然とする。
福島県郡山市に本社があるメーカーだ。
いやまて、原乳の産地が変更になっている可能性は高い。
落ち着け。
この後、しばらく、
「タケノコ食うな」
「シイタケ食うな」
「家庭菜園のほうれん草食うな」
などと強い調子で忠告したのだけれども、
「ふーん? まあ、タケノコは湯がくのが面倒だなと思ってたから人にあげちゃうけど」
とだけ彼女は言って、なんだかあとは聞いているのか聞いていないのか解らない風情だ。 それよりむしろわたしの身辺雑記的などうでもいい話を聞きたがる。 どうでもいいじゃないか、そんなことと言いたくなる。
政府が初動段階で行った「安全教育」というか「安全刷り込み」は、福島県民の大半については成功してしまっているのを彼女を通して知った。
わたしは彼女を、ごく平均的な福島県民のひとつの指標として見てきたという過去がある。 受験先を福島大学にするか茨城大学にするかで悩み(隣の県とはいえ、県境を越えるということに、一大決心がいるらしい)、地元に残って教師となり、実家で子育てをする。典型的な在り方である。わたしなどには不可能だけれども。
彼女と別れたあと、くだんのメーカーのサイトにアクセスした。
ここで思い切りメーカー名などを晒してしまうと地域経済に絡む問題が生じる(ここが今回の震災と原発事故を考える上で、本当に困るところである)ので、トップページにあった文章だけ、ここに表しておく。
福島県産原乳の出荷制限指示を受け、岩手県産原乳を使用して製造してまいりましたが、4月16日に福島県産原乳の安全性が確認され出荷制限が解除になりました。
当社ではその解除を受け、地域経済の活性化と福島県酪農産業の振興のためにも、新鮮でおいしいふくしまの牛乳をお届けいたしたく、4月26日製造より県産原乳を使用することになりました。
なお、福島県産原乳のモニタリングは、県が適正に実施し、安全性が確認された上で使用してまいります。
みなさまには、大変ご心配をおかけいたしましたが、震災に負けず、みなさまと力を合わせておいしい牛乳・乳製品をお届けするために全力で頑張ります。
今後もひきつづきご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。
これが福島第一原発事故に対する、県内の学校給食に使われている酪農会社の企業発表である。
政府は、3月17日に、暫定基準値をWHOよりはるかに緩いものに定めている。
わたしは別段、福島の酪農の足を引っ張りたいわけではない。ただの震災ならば、むしろ言った。福島県のものを積極的に購入してくれ、と。
しかし、基準値をこれだけ緩められた上での「安全性の確認」って何だ? と言いたくなるのは抑えられない。
大友克洋の「AKIRA」を思い出した。核爆弾により起きた第三次世界大戦、荒廃した旧・東京。東京湾上に建築された新都市・ネオ東京。SF漫画の金字塔といえるこの作品に登場する、超能力者、キヨコの台詞が鮮やかに蘇える。
夢を…見たの。
街が壊れて…人がいっぱい死ぬわ。
わたしは自分個人の生命の長短よりも、そちらのほうが、恐怖だ。
0 件のコメント:
コメントを投稿